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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)120号 判決

埼玉県浦和市常盤3丁目23番5号

原告

日照技研株式会社

同代表者代表取締役

根岸政恭

同訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巖

同訴訟代理人弁理士

佐藤一雄

前島旭

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

歌門恵

幸長保次郎

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第21134号事件について平成6年3月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

訴外根岸政恭は、昭和56年4月20日、名称を「面光源装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(特願昭56-58419号)をし、原告は、昭和61年5月17日、同訴外人より本願発明につき特許を受ける権利を譲り受け、特許庁長官にその旨の届け出をしたところ、昭和63年12月5日出願公告(特公昭63-62842号)されたが、特許異議の申立があり、平成3年8月14日拒絶査定を受けたので、同年11月5日審判を請求し、平成3年審判第21134号事件として審理された結果、平成6年3月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月26日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  本願は、昭和56年4月20日の出願であって、「面光源装置」に関するものである。

これに対して、当審において、平成5年9月30日付けで拒絶理由を通知し、併せて尋問書を出しその発明の内容について釈明を求めた。

その拒絶理由は、「反射系面と方向系面、それらの組合せに関して具体的に記載されていないため、本件出願は、明細書及び図面の記載が不備であり、特許法36条3項及び4項に規定する要件を満たしていない。」という主旨のものである。

審判請求人(原告)は、平成5年12月22日付けで手続補正書を提出して、特許請求の範囲第1項を、「光源と、この光源からの光を受けて反射させる反射系面と、反射系面で反射した光を受ける光の方向系面とからなり、反射系面は、それにより反射される反射光を、光の方向系面に、均一な光量分布で一定の面積の範囲に入射させるように設計され、また前記反射系面は、帯状若しくは同心状に形成された微細な傾設反射面または非球面状反射面を連続的に設けて形成され、光の方向系面は、反射系面からの反射光を所望の方向に向きを揃えて透過させる微細な傾設プリズム面または同機能を有するレンズ面を連続的に設けることによって形成されていることを特徴とする面光源装置。」と補正し、併せて発明の詳細な説明の項に「図から明らかなように、光の方向系面Bでは反射光が透過により通過する。これにより、面光源装置の表面に厳密に均一な明るさが得られる。」とする補正をした。

(2)  しかしながら、本願発明の反射系面が「反射光を、光の方向系面に、均一な光量分布で入射させるように設計され」、「帯状若しくは同心状に形成された微細な傾設反射面または非球面状反射面を連続的に設けて形成され」ている点、方向系面が、「反射系面からの反射光を所望の方向に向きを揃えて透過させる微細な傾設プリズム面または同機能を有するレンズ面を連続的に設けることによって形成されている」点のそれぞれの具体的形状及びそれらの組合せについては、依然として記載されているとは認められない。

すなわち、請求人は、尋問書に対する回答書において「均一な光量分布の入射を得るように光を反射させる面の具体的形状は、入射面の形状、寸法が決まっている条件下でも無数にあり、ましてや、入射面の形が特定されていない条件下では、反射面の具体的形状を定義することは全く不可能である」、「反射系面の形状は、光の方向系面を先ず特定した後に、コンピューター支援設計(CAD)により決められるものであり」、「厳密に均一な光束分布の光を或る面に到達させるような反射鏡は本出願前に全く存在しなかった」旨釈明しているが、これらの釈明は反射系面の形状がコンピューター支援設計により決められることは述べているけれども、反射系面または方向系面の形状の具体例ということはできないし、ましてそれらの組合せの具体例が説明されているものとはいえない。

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の構成が記載されているということはできないので、先の拒絶理由は解消しない。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)は争う。

審決は、本願明細書の発明の詳細な説明の項には当業者が容易にその実施することができる程度に本願発明の構成が記載されているということはできないと誤って判断したものであり(取消事由1)、かつ、本件審判手続には特許法159条2項、50条の規定に違反した違法がある(取消事由2)。

(1)  取消事由1

〈1〉 本願発明の基本的な技術思想は、反射系面と方向系面を利用して、従来技術では達成できなかった均一な明るさの面を得ることであり、その方法は、まず反射系面の連続的又は間欠的な微小面の傾き、即ち角度制御によって、方向系面の同一面積を有する各微小面上に同一光量を反射させ、光量分布制御を繰り返して、方向系面上で均一な光量分布を得、その後に、この均一な分布の光の方向を、方向系面により一定の方向(拡散面に垂直の方向の場合が多い)に揃え、これを拡散面で拡散させてどの方向から見ても均一の明るさになるようにするというものである。

要するに本願発明は、反射系面上に微細反射面を並べて、方向系面の一定の微細面積に一定の微小光を供給し、方向系面のどの部分においても、単位面積当たり同一の光を得て、さらに方向系面として微細なプリズム等を並べ、透過光を一定の方向に向かわせることによって、明るさを均一なものにするというアイデアであり、このアイデアさえ判れば、現実にどのような形状をした反射系面や方向系面を作るかはまったく特定されないのである。すなわち、光源の位置、反射系面、方向系面、照射面の位置などによって無数のバリエーションがあり得、これを示すことには何の意味もないのである。そして、本願公告公報(甲第2号証)の第3図(以下「本願第3図」という。別紙図面参照)には、光源の位置、反射系面の位置、方向系面の位置、それらの機能が明示されており、上記アイデアを伝聞した当業者であれば、当然にコンピュータ等を用いて、光源から発せられる光を細かく分割し、その各々について反射系面の微細反射面の位置、方向を決定することはきわめて容易であり、また光の向きを平行にするための方向系面の微細プリズムの位置、角度を決めることも容易であって、当業者にとってはそれ以上の開示は必要でない。

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の項には当業者が容易に実施できる程度に本願発明の構成が記載されていないとした審決の判断は誤りである。

〈2〉 被告は、本願明細書には、反射系面、方向系面及びそれらの組合せについて、具体的に記載されていない旨主張しているので、この点については次のとおり反論する。

イ. 反射系面について

反射系面は、光源の位置、反射系面の位置、方向系面の位置等によって全く別の相関関係的形状が呈示されるのであって、これを特定することはできない。むしろ、例えば、代表的な放物面と特定したとすれば、光源と放物面との位置関係が特定されると同時に、放射光の方向は平行光と定まり、光の分布は中央に明るい分布〔(1+cosθ)2〕と定まってしまう。即ち、形状を特定することは、位置関係、光の方向、分布を特定することであり、本願発明の示すように、この三つの相関関係を定めて光の分布、方向制御を自在にするということとは相反することになる。

また被告は、傾設反射面または非球面状反射面を連続的に設けて形成された反射系面がどのようなものかわからない旨主張しているが、反射系面の微細面の位置、角度等は本願第3図に例示されている。

なお、被告が指摘する本願公告公報の6欄12行ないし14行、7欄26行ないし32行、7欄41行ないし8欄3行の各記載には不備があって、容易に理解し難いものであることは認めるが、これらの部分は余事記載であって、本願発明の要旨とは関係がなく、本来抹消すべきものである。そして、このことは本願明細書に接する者にとって明白であるから、これらの記載があることによって、本願発明を容易に実施することを妨げるものではない。

ロ. 方向系面について

被告は、「所望の方向」とはどのような方向をいうのかと疑問を呈している。しかし、これは本願第3図を見れば明らかなように、一般的に拡散面Cに対して垂直になるようにすることが多い。勿論理想的な拡散板が得られるのであれば、垂直に入射するものでなくともすべての光線が均一の分布をもって方向系面に入射するものであればよいが、現実には、そのような理想的拡散板が得られないから、拡散板に垂直に入射させるのがよい。これらのことは、特許請求の範囲中に「所望の方向に向きを揃え」と記載してあり、本願第3図において方向系面を出た光が拡散板に垂直に向かっていくことが描かれていることから、当業者であればだれにもわかることである。

被告は、傾斜プリズム面と同機能を有するレンズ面がどのような形状かについて疑問を呈しているが、要は光を一定の方向に揃えてやればよいのであるから、その役目を果たすフレネルレンズを考えていることは自明である。

なお、被告が指摘する本願公告公報7欄33行ないし38行の記載にも不備があることは認めるが、この部分も本願発明の要旨とは関係がなく、単なる余事記載であって、本来抹消すべきものである。

ハ. 反射系面と方向系面との組合せについて

被告は、反射系面が特定された場合の方向系面が説明されていない旨主張しているが、その様子は本願第3図に例示されているし、いずれにしてもこの組合せには無限のバリエーションがあり、特定することはできない。但し、光源の位置や反射系面の位置等が特定すれば、本願発明の趣旨に従って相関(函数)関係的に特定できることは勿論である。

被告は、特許請求の範囲第4項のような反射系面と方向系面とが一体化する薄板である場合の具体例について説明されていない旨主張しているが、このことは本願公告公報の6欄26行ないし31行に記載されている。

(2)  取消事由2

被告の主張によれば、本願公告公報6欄12行ないし14行、7欄26行ないし32行、7欄33行ないし38行、7欄41行ないし8欄3行の各記載不備が審決の根拠となっているものと考えられる。

特許法159条2項、50条によると、審判の過程で新たな拒絶理由を発見したときは、審判官は出願人に対して拒絶理由を通知して、意見書を提出する機会を与えなければならないとされている。

しかるに本件審判手続において、審判官は原告に対し、上記の記載不備について、拒絶理由として通知せず、原告に上記記載不備について意見書、手続補正書を提出する機会を与えなかったものであって、特許法159条2項、50条に違反するものであり、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1及び2は認める。同3は争う。

審決の判断及び審決手続に原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

本願明細書には、本願発明の反射系面、方向系面及びそれらの組合せについて、当業者が容易に実施できる程度に具体的に記載されているということはできない。

〈1〉 反射系面について

本願明細書と図面には、傾設反射面がどのような傾設なのか具体的に記載されていないばかりか、非球面状反射面も具体的に記載されていない。したがって、傾設反射面または非球面状反射面を連続的に設けて形成された反射系面がどのようなものかわからない。具体例も記載されていない。

本願第3図とそれについての説明は、本願発明の原理構成を示したものであって、具体的な構成を示すものではない。

本願公告公報7欄41行ないし8欄3行の「光源5又は5’からの光Lを平行光線にし、これを収束光にすれば、反射系面Aは実質的には凹(シリンドリカル)面反射鏡となる。また反射系面Aをシリンドリカル反射面としてでなく、円形の一部として考えれば、凹面反射鏡の一部と実質的に同じとなる(第5図)」という記載では反射系面が全体として凹面になることは述べているけれども、どのような非球面状反射面を連続的にしたらそのようになるのか記載されていない。そして、この記載は、同公報の第5図の説明としては不適当なものである。

同公報6欄12行ないし14行には、「反射系面Aを上記透明薄板の一方の(裏)面に形成した場合、他方の(表)面にも反射系面Aと同様な形状に形成しても良い。」と記載されているが、何のためにそうするのか、どういう構造であるのか、表面にも反射面をつくるのかどうか、そうした場合、光の反射はどうなるのかについて不明である。この点については具体例も図面も記載されていない。

そして、同公報7欄26行ないし32行の「光源5、5’として蛍光灯使用の場合、限られた規格品の蛍光灯に対して、反射ミラー部、レンズ部が用意されれば都合よく、等分布光線を作るコンデンサレンズも同じく、フレネルレンズとし、これを上記反射系面Aとすることは本発明の量産化にも必然的に好ましい」という記載では、反射系面がどういう形をしているのかわからないし、フレネルレンズが反射系面になるのかどうかも不明確である。

〈2〉 方向系面について

方向系面について、「所望の方向に光の向きを揃える」の「所望の方向」とは方向系面に対して直角に光をだすのか、それとも斜前方でもよいのか、「揃える」とは光が平行という意味なのかどうか、それとも前の方向であれば放射状であっても、収束するものであってもよいのか不明確である。

また、本願明細書には、「微細な傾設プリズム面または同機能を有するレンズ面」がどのような形状のものかについて具体的に記載されていない。

方向系面について、「所望の方向に向きを揃えて透過させる」とその希望的な機能が記載されているだけであって、反射系面が決まった場合の方向系面の構成が本願明細書や図面に具体的に記載されていない。すなわち、特許請求の範囲第3項には、方向系面は「透過薄板の少なくともいずれか一方の面に設けた」ことが記載されているが、両方の面に設けたものについては具体的に記載されてなく、また図示もされていない。特許請求の範囲第7項には、「拡散面が方向系面と同様な形状に形成した」と記載されているが、この点は具体的に記載されてなく、また図示もされていない。

本願公告公報7欄33行ないし38行の「反射系面Aの反射面角を光源5、5’に対称なものとし、また拡散面Cに反射系面Aで受けた光を垂直に向け得るように形成すれば光の方向系面Bは簡単な構成のものとなり、この意味でも第3図のものを第4図のようなものにすることは一層の簡略化が図れることになる」との記載はどういうことか不明確である。

〈3〉 反射系面と方向系面との組合せについて

反射系面が特定された場合の方向系面が説明されていない。また、特許請求の範囲第4項のような反射系面と方向系面が一体化する薄板である場合の具体例について説明されていない。

(2)  取消事由2について

本願公告公報6欄12行ないし14行、7欄26行ないし32行、7欄33行ないし38行、7欄41行ないし8欄3行の各記載を含めて、本願明細書には、反射系面、方向系面、それらの組合せに関して具体的に記載されておらず、内容も不明確であったため、審判官は原告に対し、平成5年9月30日付けで拒絶理由を通知し、同日付けで明細書記載事項に関して細かな点を尋問する書面を送付した。これに対して原告は、同年12月22日付けで手続補正書、意見書及び尋問に対する回答書を提出した。審判官は、原告からのこれらの書面の内容を審理して審決したものあって、原告主張の違法はない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(審決の理由の要点)及び審決の理由の要点(1)については、当事者間に争いがない。

2  取消事由1について

(1)  上記のとおり、平成5年12月22日付けの手続補正に係る本願発明の特許請求の範囲第1項は、「光源と、この光源からの光を受けて反射させる反射系面と、反射系面で反射した光を受ける光の方向系面とからなり、反射系面は、それにより反射される反射光を、光の方向系面に、均一な光量分布で一定の面積の範囲に入射させるように設計され、また前記反射系面は、帯状若しくは同心状に形成された微細な傾設反射面または非球面状反射面を連続的に設けて形成され、光の方向系面は、反射系面からの反射光を所望の方向に向きを揃えて透過させる微細な傾設プリズム面または同機能を有するレンズ面を連続的に設けることによって形成されていることを特徴とする面光源装置。」というものである。

そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載内容について見てみることとする。

甲第2号証(本願公告公報)2欄10行ないし22行には、本願発明の目的について、光源光を所望の方向に向けて投光するように連続的に形成された微細な傾設反射面又は非球面状反射面で形成した反射系面と、反射系面からの反射光を所望の方向に光の向きを揃える傾設プリズム面又は同機能を有するレンズ面を連続的に設けた光の方向系面とを具備する面光源装置に関し、従来提案されている面光源装置の欠点を解決して、その実施化を図り、既存の光源を利用して、薄い(偏平な)面光源を得ることを目的とするものである旨記載され、「以下、第3図以下を参照しつつ本発明の原理構成を説明していくこととする。」(同号証4欄26行、27行)として、まず同号証4欄30行ないし40行には、本願発明の特徴点について、第1に薄い均一面光源を得ることができること、第2に光源のまぶしさ、ギラギラのないソフトな照明が得られること、第3に光量に無駄がないことにある旨記載され、同号証4欄44行ないし5欄37行(但し、甲第3号証の1による補正後のもの)には、本願発明の技術的必要条件について説明されており、必要第1条件は、光源5の光束をなるべく多く(出来れば全て)集光してのぞむ方向、即ち面光源に向けるようにすること、必要第2条件は、光量分布が光源面全体に一様分布すること、必要第3条件は、光源面に一様分布された光の方向が所望する方向に向いていること、必要第3’条件は、必要第3条件の場合、面光源でも拡散板を置いて指向性を無くす場合には、楕円拡散性を考慮して拡散板に垂直(直交的)に光を照らすことであるとしている。そして、同号証5欄37行ないし6欄43行には、「上記必要1~3’条件を光源5を点光源としてとらえて原理的に図示すると第3図のようになる。記号Aで示す面は光源5からの光源光Lを反射する面で、上記したように光源5の光束をなるべく多く(出来れば全て)集光して、光の無駄を無くし面光源にこの光分布が最終面において一様分布されるように、設計された帯状(直線状のもののほかに曲線状のものも含む)若しくは同心状に連続的に形成された微細な傾設反射面7を多数設けた反射系面である。即ち、該反射系面Aは後記するB面への等分布入射光束を作る(入射角は第3図々示のようにまちまちとする)反射面である。反射系面Aは合成樹脂やガラス等の透明薄板の一方(裏)面に形成されている。例えば上記合成樹脂やガラス等の透明薄板の裏面にアルミ蒸着又はメッキ法にて反射処理して形成した反射面とする。尚、裏面でなくて他方の(表)面であっても良いことは当然である。この反射系面Aは上記必要第1条件を満すものであることは当然である。尚、反射系面Aを上記透明薄板の一方の(裏)面に形成した場合、他方の(表)面にも反射系面Aと同様な形状に形成しても良い。この場合、当該傾設面は透明であっても、ハーフミラー状のものであっても良い。記号Bで示す面は、反射系面Aからの反射光を受光する面で、上記反射系面Aからの反射光を所望の方向に光の向きをそろえるためのもので微細なプリズム面を多数有する光の方向系面で、この面は透明であっても、くもりガラスのようなものに形成されたものであっても良い。この光の方向系面Bは後記するC面へ、反射系面Aからの光Lを受けた上記光の方向系面Bの光Lの入射方向をそろえる微細な傾設プリズム面または同機能を有するレンズ面を連続的に設けて形成する。この光の方向系面Bが反射系面Aと一体的なものである場合には、前記透明薄板(これは上記の場合においては透明薄板の裏面に反射処理をした場合で、この反射処理した面を一方の面とする)の他方の(表)面に形成すると良い。光の方向系面Bが反射系面Aと一体的でない場合には、前記透明薄板の一方の面、即ち、反射系面Aからの反射光を受光する面に光の方向系面Bが形成されることは言うまでもない。この光の方向系面Bは反射系面Aで反射光を垂直になおせないことを考慮して設けられたものである。記号Cで表される面は光Lの拡散(板)面で前記光の方向系面Bを経た光Lを最終的に受ける面で、光の方向系面Bの他(前)面に配設される。従って、反射系面Aと光の方向系面Bとが一体的でない場合で、光の方向系面Bと一体的なものである場合には、該光の方向系面Bの反対側の面に設けている。」と記載されている。

上記発明の詳細な説明によれば、本願発明における反射系面は、光源からの光源光を反射する面であって、帯状(直線状のもののほかに曲線状のものも含む)若しくは同心状に連続的に形成された微細な傾設反射面又は同機能を有する非球面状反射面を多数設けたものであり、光源の光束をなるべく多く(出来れば全て)集光して、光の無駄を無くし面光源にこの光分布が最終面において一様分布されるようにする、即ち方向系面への等分布入射光束をつくるものであり、方向系面は、反射系面からの反射光を受光する面であって、微細な傾設プリズム面又は同機能を有するレンズ面を連続的に設けたものであり、方向系面から拡散面へ反射系面からの反射光を所望の方向に光の向きを揃えるものであり、拡散面は、方向系面を経た光を最終的に受ける面で、光の方向系面の他(前)面に配設される面であると理解することができる。

また、本願第3図には、光源5から放射状に拡がる光源光Lが、多数設けられた微細な傾設反射面7により反射集光され、方向系面Bにおいては各光線が等間隔に入射している状態が描かれており、均一な等分布光量が方向系面に入射されていることを示しているものと認められる。

(2)  ところで、審決が、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の反射系面が「反射光を、光の方向系面に、均一な光量分布で入射させるように設計され」、「帯状若しくは同心状に形成された微細な傾設反射面または非球面状反射面を連続的に設けて形成され」ている点、方向系面が「反射系面からの反射光を所望の方向に向きを揃えて透過させる微細な傾設プリズム面または同機能を有するレンズ面を連続的に設けることによって形成されている」点のそれぞれの具体的形状及びそれらの組合せについて記載されていないとしたのに対して、原告は、本願発明は、反射系面上に微細反射面を並べて、方向系面の一定の微細面積に一定の微小光を供給し、方向系面のどの部分においても、単位面積当たり同一の光を得て、さらに方向系面として微細なプリズム等を並べ、透過光を一定の方向に向かわせることによって、明るさを均一なものにするというアイデアであり、このアイデアさえ判れば、現実にどのような形状をした反射系面や方向系面を作るかはまったく特定されておらず、光源の位置、反射系面、方向系面、照射面の位置などによって無数のバリエーションがあり得るのであって、これを示すことには何の意味もない旨、そして、本願第3図には、光源の位置、反射系面の位置、方向系面の位置、それらの機能が明示されており、上記アイデアを伝聞した当業者であれば、当然にコンピュータ等を用いて、光源から発せられる光を細かく分割し、その各々について反射系面の微細反射面の位置、方向を決定することはきわめて容易であり、また光の向きを平行にするための方向系面の微細プリズムの位置、角度を決めることも容易であって、当業者にとってはそれ以上の開示は必要でない旨主張する。

上記発明の詳細な説明及び本願第3図によれば、本願発明が、原告の主張するとおり、反射系面上に微細反射面を並べて、方向系面の一定の微細面積に一定の微小光を供給し、方向系面のどの部分においても、単位面積当たり同一の光を得て、さらに方向系面として微細なプリズム等を並べ、透過光を一定の方向に向かわせることによって、明るさを均一なものにするというものであることは理解することができるし、また、方向系面に均一な光量を分布させる反射系面、所望の方向へ光束を揃える方向系面を実現するための光源、反射系面、方向系面の三者の位置は、その相対的関係を考慮に入れれば限りなく存するものと考えられる。

しかしながら、明細書の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないこと(昭和60年法律第41号による特許法36条3項)、本願出願当時において本願明細書及び図面に接した当業者であれば、当然にコンピュータ等を用いて、反射系面及び方向系面の位置や形状等を解析、設計することが容易であったものと認めるべき証拠はないことに照らすと、光源、反射系面、方向系面の相対的位置関係が限りなくあり、それに伴って現実にどのような形状をした反射系面や方向系面を作るかは特定されないものであるとしても、本願発明の特許請求の範囲が規定する要件(反射系面については、反射光を、光の方向系面に、均一な光量分布で入射させるように設計され、帯状若しくは同心状に形成された微細な傾設反射面または非球面状反射面を連続的に設けて形成されたもの。方向系面については、反射系面からの反射光を所望の方向に向きを揃えて透過させる微細な傾設プリズム面または同機能を有するレンズ面を連続的に設けることによって形成されているもの。)を充足する反射系面や方向系面の具体的形状の一例を挙げるなり、少なくとも、当業者が本願明細書及び図面の記載に基づいてコンピュータ等の手段により容易に上記要件を充足する反射系面や方向系面を設計することができるように、その設計に必要な程度の規則性を含めた技術的事項が開示されていることが必要であると解される。また、発明の詳細な説明中に当該発明を具体化する技術的事項が記載されている場合には、当業者において容易に理解できる程度に矛盾なく記載されていることが必要である。

しかるに、本願明細書及び図面には上記要件を充足する反射系面や方向系面の具体的形状について記載されていないし、当業者がコンピュータ等の手段により容易に上記要件を充足する反射系面や方向系面を設計することが可能な程度に必要であると考えられる、規則性を含めた技術的事項について開示されているとも認められない。

上記のとおり、本願第3図には、光源5から放射状に拡がる光源光Lが、多数設けられた微細な傾設反射面7により反射集光され、均一な等分布光量が方向系面に入射されるいることが示されているが、同図は、本願発明の原理を図示したものにすぎず、反射系面や方向系面の形状を具体的に設計するについて教示するものではない。

次に、発明の詳細な説明には、上記のとおり「反射系面Aを上記透明薄板の一方の(裏)面に形成した場合、他方の(表)面にも反射系面Aと同様な形状に形成しても良い。」(甲第2号証6欄12行ないし14行)との記載があるが、このような構造のものを設ける理由、その場合の光の反射の態様等が不明であって、当業者の技術常識をもってしても上記記載について明確に理解することはできないものと認められる。

また、甲第2号証7欄1行ないし8欄16行(但し、甲第3号証の4による補正後のもの)には、本願発明の実施化を容易にするための説明が記載されているが、このうち、「光源5、5’として蛍光灯使用の場合、限られた規格品の蛍光灯に対して、反射ミラー部、レンズ部が用意されれば都合よく、等分布光線を作るコンデンサレンズも同じく、フレネルレンズとし、これを上記反射系面Aとすることは本発明の量産化にも必然的に好ましい」(同号証7欄26行ないし32行)との記載では、反射系面がどのような形状のものであるか理解することができないし、その記載の趣旨も明確であるとは認められない。同じく「反射系面Aの反射面角を光源5、5’に対称なものとし、また拡散面Cに反射系面Aで受けた光を垂直に向け得るように形成すれば光の方向系面Bは簡単な構成のものとなり、この意味でも第3図のものを第4図のようなものにすることは一層の簡略化が図れることになる」(同号証7欄33行ないし38行)との記載の意味内容は不明確であって、当業者の技術常識をもってしてもその内容を明確に理解することはできないものと認められる。更に、「光源5又は5’からの光Lを平行光線にし、これを収束光にすれば、反射系面Aは実質的には凹(シリンドリカル)面反射鏡となる。また反射系面Aをシリンドリカル反射面としてでなく、円形の一部として考えれば、凹面反射鏡の一部と実質的に同じとなる(第5図)」(同号証7欄41行ないし8欄3行)との記載では、どのような非球面状反射面を連続的に設けると全体として凹面に形成されるのか記載されているとはいえず、第5図の説明としても適切なものとは認められない。

上記のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明には、当業者の技術常識をもってしてもその内容を明確に理解することのできない記載があるところ、原告は、上記各記載には不備があって容易に理解し難いものであることは認めながら、これらの部分は余事記載であって、本願発明の要旨とは関係がなく、本来抹消すべきものであり、このことは、本願明細書に接する者にとって明白であるから、これらの記載があることによって、本願発明を容易に実施することを妨げるものではない旨主張する。

しかし、上記(1)に認定のとおり、上記各記載はいずれも、特許請求の範囲に記載された本願発明の原理的な説明がなされている部分に関連して、あるいは本願発明の技術的手段を具体化した実施例に相当するものとして記載されたものであって、単なる余事記載であるということはできないし、本願明細書に接する者にとって、これらの記載が本来抹消すべきものであることが明白であるとも認め難く、原告の上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおりであるから、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明における反射系面、方向系面及びそれらの組合せについて当業者が容易に実施することができる程度に記載されているものとは認め難く、これと同旨の審決の判断に誤りはないものというべきである。

したがって、取消事由1は理由がない。

3  取消事由2について

前記争いのない審決の理由の要点(1)、並びに甲第4号証及び乙第1号証によれば、特許庁審判官は原告に対し、平成5年9月30日付け拒絶理由通知書により、反射系面と方向系面、それらの組合せに関して具体的に記載されていないため、本件出願は、明細書及び図面の記載が不備であり、特許法36条3項及び4項に規定する要件を満たしていない旨の拒絶理由を示し、併せて同日付けの尋問書において、「1.均一な光量分布で入射するように光を反射させるような傾設反射面または非球状反射面はどのような反射面であるのか?それが明細書のどこに記載されているのか?具体的にどのような面であるのか?それが出願時に周知のものであるのか釈明すること。2.「反射系面の面積にほぼ等しいかそれより大きい面積の範囲に入射させるように設計され」は明細書のどこに記載されているのか?そのようにするための具体的な形はどのようになっているのか?それは周知のものであるのか釈明すること。3.本願発明の目的を達成するための反射系面と方向系面の具体的な形とそれを組みあわせるための形が不明確であるため釈明すること。そしてそれらは出願時に周知のことであればそのための資料を提出すること。・・・」などといった釈明を求めたことが認められる。

ところで、前記本願公告公報6欄12行ないし14行、7欄26行ないし32行、7欄33行ないし38行、7欄41行ないし8欄3行の各記載部分は、本願明細書において、本願発明の原理的な説明がなされている部分あるいは実施例に相当するものとして説明されている部分に存し、反射系面や方向系面に関する事項を記載したものであり、上記拒絶理由通知書及び尋問書の内容を検討すれば、上記各記載部分をも含めて、「反射系面と方向系面、それらの組合せに関して具体的に記載されていない。」と指摘されていることは明らかであり、かつ、このことは容易に理解し得ることと認められるから、拒絶理由通知に具体的に上記記載部分の記載不備についての指摘がなかったからといって、この部分が拒絶理由通知の対象外であったとすることはできない。

したがって、本件審判手続に特許法159条2項、50条に違反する違法があったものとは認められず、取消事由2は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面

〈省略〉

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